そんな私がホームスクールを考慮し始めたのは上の息子、駿のスピーチが異常に遅れていたことがきっかけでした。三歳になっても、片手で数えられるくらいの単語しか話せなくて、それが原因でなのか、周りの人とのコミュニーケーションがうまくとれないでいるのが目につくようになったのです。色んなプログラムに参加しても、有り余る体力と集中の無さで、しっかり目立っていました。たまに、先生達にもよく思われてない様子にも気付き、私はこれではどんな学校生活になるのかがもう想像できるようでした。駿はとても賢い子でアルファベットも、1−20の数字も、48ピースのパズルも三歳で簡単にこなせてました。だから、学習力に問題がないのは確信できたのです。それなら、学校生活で、もしいじめに合ったり、先生から問題児だとレッテル張られたりして、心理に傷がつくことで、学習力に影響したり、いやな学校生活を送るよりも、家庭学校の方がふさわしいのではと思ったのです。
幸い、私たちの周りで実際にホームスクールをしてた教友が数人いたので、ホームスクールがどういうものなのか私たちは目にすることができたのです。それと同時に私もホームスクールに関する本を読み始めて、ホームスクールについて知れば知るほど、その目的とそれをサポートする論理に納得されられました。
私は日本で育ったので、北米の教育システムは大学のしか知らなくて、小学、中学、高校の真実を知れば知るほど私の子供達にはそんな教育システムで育って欲しくないというのがはっきりしてきたのです。
でも、実は夫は反対でした。ホームスクールなんて、子供の将来をかけるようなまねは出来なかったのです。私は失望したものの、夫の気持ちは理解できました。実は私も、自分の中で葛藤していたからです。 ホームスクールに魅せられてはいたものの、英語が母語でもない私が本当に子供に母語レベルで教育できるのかという不安が一杯でした。ホームスクールというのは英語を母語とする人たちでも、“そんなこと、私にはとても、、、、”という人たちがほとんどで、私のように英語の子供の歌謡曲もほとんど知らない “外国人” が子供の教育を担任するなんて、荷が重すぎたのです。息子達の教育の責任が全部私の肩にのっかるのが怖くもありました。 それでも、ホームスクールでなきゃ、という説得された思いが心の深くまで浸透してて、私は夫をなんとか説得しようとしたのですが、全部、失敗に終わってしまいました。そこで、私の力ではなく、神様にこのことを預けようと決心して、もしホームスクールが神の意思なら、夫の決心を変えるように祈り始めたのです。それからは次々と夫の考えを変えることがおこり、結果的に言うと、夫は “よし、ホームスクールをしよう。” と賛成してくれたのです。 私たちのホームスクールの旅はこうして、始まりました。
それから、3年半、駿のスピーチは二年間のスピーチセラピーを終えて、5歳で標準に達し、今ではジュニアー小説を読むにまで至って、学力的には公立小学校では一つ上の学年、二年生の程度はあり、下の息子、聖は四歳半で、一年生の学力を持つようにまでなりました。子供の学力には本当に驚かされる毎日です。 改めて、神の計画は私達の想像を遥かに超える祝福を与えてくれることを身に感じました。 ホームスクールの収穫は子供達の学力だけではなく、私も子供達と一緒に毎日何かを学んでいるということです。 (これは改めて、またの話題として書くことにします。)ホームスクールがもたしてくれる可能性を期待して、今日はこの辺で。
こういう経路があってのHomeschoolingとは知らなかったけど、それでも4年も持続できるのは神様の導きあってのものだよね。それと神様を信じて努力をし続けたからこその結果だと思う。駿と聖は本当に賢い子達、これからもめげずに頑張ってね!BTW, very nice deisgn. I love it!!!
返信削除ほんと、ほんと。今、四年目だけど、まだ維持できて、しかも、改善されてるのが私もとても信じられない。いろんな過程を得てここまで来たのよ。それはまたのブログで。
返信削除